

双方が、イスラエルの軍事専門家から、ゲリーフ戦の訓練を受けた。
双方が、同じ型式の中国製の火器で戦っている。
当然ながら、死傷者数も多くなる。
自治権の拡大をめぐる争いにすぎなかったのに、流される血の量が増えるにしたがって、軍事対決の様相を濃くした。
民族対立に油を注いだ、諸外国の役割は大きい。
内戦状態が始まった一九八三年から八七年までの四年間に、約七〇〇〇名の人命が失われ、一○万世帯が住居を失った、と推計されている。
一九八七年七月に、隣国の首相の発意で、インドが平和維持活動を引き受ける協定に調印した。
この協定の締結にともない、一〇万人をこえるインドの平和維持軍が、北部州と東部州に駐留した。
その第一陣は、インド軍に雇用されているネパール兵の連隊であった。
タミル解放戦線諸党派の武装解除が、平和維持軍の駐留目的であった。
しかし、少数民族の信頼を得ることかできず、派遣以前よりも多大の戦争儀牲者を出し、九〇年三月に撤退を余儀なくされた。
派遣の責任者であるR首相は、撤兵後にスリランカのタミル人に暗殺された。
彼の死はPKOとPKFがもたらした悲劇である。
再び激化した民族抗争を、軍事対決から話し合いの場に戻す方法が、必ずあるはずだ。
私はそう信じている。
できることがあれば、和平の回復を手伝いたい。
そのためなら、スリランカの土になってもよい。
だが、PKOはじつに困難な仕事である。
軍隊を派遣するだけでは、事態をより悪くする。
仮に日本の自衛隊がジャフナに派遣されると、任務遂行はネパール兵の場合よりも困難であろう。
インド平和維持軍の悲劇に学ばなくてはならない。
日本はスリランカに対する最大の援助国である。
しかし、道路や橋を作るよりも、戦争による破壊を防ぐほうが大切である。
経済援助の主要部分を、和平実現のために用いられないだろうか。
地方分権を促進し、少数民族の自治権を保障する事業に提供すれば、民族和解への障害物を取り除ける。
本当のPKOには、異文化理解の準備が必要である。
アジア諸国の戦争犠牲者への戦後補償をはじめ、PKO以前になすべきことも多い。
真の平和維持活動の担い手は、海外派兵される自衛隊ではなく、多民族社会で武器を携行せずに、地域住民との長期的な信頼関係を創り出す、ボランティア集団であろう。
国境をこえて助けあうことができるのは国家意志により公権力か派遣する武装集団ではなく、人間同士のつながりだけが頼りの自発的な行為だからである。
カンボジアに行ったのは、一九六五年九月の一度きりである。
アンコールの遺跡群を観るためである。
それだけのことで、ほかに目的はなかった。
当時のプノンペンは、自動車の少ない静かな町であった。
自転車のうしろに客席用のリヤカーをつけた人力車が、タクシーとして使われていた。
「この町で日本人とカンボジア人との喧嘩が伝えられると、先に手を出しているのは、いつも日本人のほうです」と日本大使館で聞いた。
プノンペンから、カンボジア王国航空の小さなプロペラ機で、シェムリアトフヘ飛んだ。
小さな町の小さなホテルに荷物を置いて、数日間、巨大な石の構造物と彫像を訪ね歩き、ため息をついて眺めた。
ジャングルに聳立する石造建築物の魅力に、私は圧倒された。
タージ・マハルが東へ向かったイスラム建築の精華とすれば、アンコールワットは。
タンジャウール(南インド)からアヌラーダプラ(スリランカ)プラバナン(ジャワ島)、ナコソパトム(タイ)、パガソ(ミャンマー)などに拡がる古代建築文化の頂点である。
アンコール遺跡群は、南インドに起源を持つ石造建築の完成へ向かう数百年の道程を、気まぐれな旅行者にも教えてくれる。
のちに、タージ・マハル(インド)、バビロン(イラク)、スフィンクス(エジプト)、パルテノン(ギリシャ)、メートルダム(フランス)、ピラミッドなどの石造の構造物を観る機会があった。
しかし、アンコールの美をこえる物ではなかった。
人間の手による建築物なら、「見るべきものは見た」という思いであった。
石造建築の美しさに憧れてきた旅人の眼から観ると、アンコール遺跡群のそこかしこに建っている現代の木造寺院は、不釣り合いなくらい小さくてみすぼらしい。
外国から来た観光客は、誰も立ち寄ろうとはしない。
他方、在地のクタール農民たちは、荘厳なアソコールーワットに目も向けない。
木造の寺院に集い、サフラン色の僧衣に手を合わせ、説教に耳を傾けていた。
背景にあるアンコールワットは、均整のとれた壮麗な世界である。
時代を隔てたふたつの寺院の対照的な光景は、私の記憶に鮮烈な印象を残している。
日本の仏教同様、上座部仏教についても、私は体系的な教典上の知識を持たない。
ただ、仏教が民衆の暮らしにかかおる範囲で考えると、日本の仏教と上座部仏教にいくつかの重要な相違点が見いだせる。
そのひとつは、僧侶の暮らしと民衆の暮らしとの関係である。
民衆にとっては、親子、兄弟姉妹および配偶者が社会関係の基礎である。
生物の一員として生まれ、生物の一員である子孫を残す暮らしを支えるのは肉親である。
アジア農民の社会生活は、多様性をもっている。
とはいえ、その多様な社会関係は原理的に、親子関係から親会社・子会社などへの擬制的展開、兄弟姉妹や従兄・又従兄などから同朋的組織、配偶者関係から自由な契約的結合などへの延長形態として、とらえなおすことができる。
上座部仏教の教団組織(サソガ)の原理は、家族を基礎に持たない。
生まれ育った家族を捨て、子孫を残さない僧侶にとっては、サソガにおける師弟関係が、すべての社会生活の基礎である。
より深く仏典を学び。
より厳格な修行をする僧が、先達となって後進の舎弟を指導する。
親子、兄弟姉妹、夫婦のような身体的な結びつきから遠ざかろうとするサンガの組織原理は、身体的な結びつきのほうが重要な世俗の社会関係とは異なる。
同質的な社会関係を同心円的に拡大したところに、日本経済の強さがあるとすれば、江戸時代以降の日本仏教の強さもまた、世襲制を採用した教団組織と世俗の組織との同形性にある。
他方、異質的な社会関係の多様な交流を大切にするところに日本以外のアジア農民の生活や文化の豊かさかある。
もし、日本から経済援助かできるならば、その分だけ彼らの社会関係から学ぶこともできるはずである。
日本人の多くが同じ仏教徒であっても、クメール農民の生き方から学ばなければ、民衆とは無縁な石の大伽藍を築くだけに終わるであろう。
標準時と地域文化それぞれの地域にはそれぞれの時間がある。
北海道の夕暮れと八重山諸島の日没との景観は、ずいぶん違う。
両者の日没時刻には、一時間をこえる差がある。
北海道なら夕方の時間でも、沖縄に来ると明るく感じる。
離島では、NHKしか見られないこがか多いので、朝のテレビのスイッチを入れると、八重山では暗い空でも渋谷の空はすでに明るい。
同じ七時でも東京と西表島では、人びとの感受する朝の光は違っている。
標準時とは、じつに奇妙な公権力の制度である。
地域住民が、国家に強要されている生活の新疆を訪ねる機会はまだないが、一九八四年に北京から昆明(雲南省)を経て、ラオス国境の西双版納を旅した。
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